
臨床心理士・公認心理師
神奈川被害者支援センター専門委員
櫻井 鼓
(追手門学院大学新理学部心理学科教授)
去る9月2日、神奈川県・神奈川県警察・当センター主催による「トラウマインフォームドケア研修会」が開催されました。「トラウマインフォームド」とは、トラウマについての十分な知識をもって、という意味ですから、トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care;TIC)は、トラウマに理解をもってかかわる、という意味になります。TICは、専門家にしかできない特別な技術や治療法ではなく、対人支援の基本概念(亀岡,2024)なのです。
TICという概念が提唱されるようになった背景の1つに、アメリカのACE(Adverse Childhood Experience)研究の進展があります。ACEとは、逆境的小児期体験と訳され、小児期の虐待などのトラウマ体験のことを指します。研究において、ACE体験は、人のメンタルヘルスだけではなく、身体的病気や幸せにも影響するということが明らかにされました。つまり、心の傷が与える影響は、広範に長期にわたるのだから、そこに配慮したかかわりが必要、ということなのです。海外では、TICの観点から、トラウマを体験した人に対する適切なサービスのあり方が模索されています。
SAMHSA のガイドライン(2014/2018)では、TICには6つの主要原則があり、それを守ることが大切だと説かれています。その原則を犯罪被害者等支援に沿って説明しましょう。
1.安全:犯罪被害者等と職員が、身体的にも心理的にも安全だと感じていること。
2.信頼性と透明性:犯罪被害者等と職員、職員同士が信頼関係を築き、組織運営や支援は透明性をもって実施されること。
3.ピアサポート:犯罪被害者等の体験が、制度や支援体制に生かされていること。
4 協働と相互性:犯罪被害者等と職員の間や、組織の職員間の力の不均衡をなくし、共に意思決定すること。
5.エンパワメント、意見表明と選択:犯罪被害者等にも職員にも強みがあることを認め、レジリエンスを信じること。犯罪被害者等と共に回復への道のりを整えること。
6.文化、歴史、ジェンダー:固定観念や偏見(人種、性的志向、年齢、地域など)を認識し、犯罪被害者等のニーズに対応すること。
私たち支援者も、組織も、これらの観点から現行の支援を見直し、よりよい支援のあり方を検討していく必要があるのです。
【引用】
亀岡智美 (2024) 日本におけるトラウマインフォームドケアの展開とこれからの課題 トラウマティック・ストレス,22,5-12.
Substance Abuse and Mental Health Services Administration (2014) SAMHSA’s Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach. HHS Publication No.(SMA) 14-4884. Rockville, MD: Substance Abuse and Mental Health Services Administration.
(日本語版)大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター・兵庫県こころのケアセンター(訳) (2018) SAMHSAのトラウマ概念とトラウマインフォームドアプローチのための手引き